2015年12月27日日曜日

廊下の奥に

 天皇陛下が23日82歳の誕生日をお迎えになった。記者団との談話の中で次のように語られていた。
 「この1年を振り返ると様々な面で先の戦争のことを考えて過ごした1年だったように思います。年々戦争を知らない世代が増加していきますが先の戦争のことを十分に知り考えを深めていくことが日本の将来にとって極めて大切なことと思います。
 陛下は今年パラオ共和国を訪問され戦没者の慰霊碑に供花されており来年はフィリピンを訪問される予定になっている。先の大戦で戦場となった多くの国を陛下は行脚されている。表立った陳謝の言葉を表明されているかどうかは確かめていないが戦没者の慰霊碑への供花は欠かされていない。先の戦争に対する責任を「天皇」として沈思されているのであろうか。
 
 こうした天皇陛下の戦争に対する深い考えと逆行するように特定秘密保護法が制定され武器輸出三原則が緩和されて武器輸出が解禁となり、更に緊急事態基本法の早期制定を求める動きが活発になっている。これらの法案は最近の世界情勢の急激な変化に対応する必然性があって定められたのだが、運用を誤ると「平和の危機」につながる惧れを多分に孕んだ法律でもあるからその危険性を未然に防ぐために「シビリアン・コントロール=文民統制」が十分に機能するように設計されなければならない。政府(国民)の監視が弱まるとたちまち「軍隊」は暴走するという『高価な』経験をして手に入れた『賢明』さが「シビリアン・コントロール」だが、軍隊ばかりが規制の対象ではない、政府=権力もまた時として暴走する。平時の今は特に政府への統制力を担保しておく必要があり、とりわけ昨今は官邸=総理大臣への権力集中の傾向が強いからそれへの具えを怠るととんでもない事態に至る可能性が強い。ところが特定秘密保護法は保護対象となる『情報』の特定に極めて権力の『恣意』が働き易い設計になっているうえに緊急事態基本法に至っては原発事故や過酷化する自然災害への緊急対応としての政府=総理大臣の「人権停止法」的権力が拡大するばかりでなくテロやPKO(国連平和維持活動)活動の拡大解釈によっては「戦争」へ暴走する可能性が非常に高い『恣意性』が隠されている危険すらある。
 
 大岡昇平の戦争文学の傑作『野火』のなかにこんな記述がある。「この田舎にも朝夕配られてくる新聞紙の報道は、私の最も欲しないこと、つまり戦争させようとしているらしい。現代の戦争を操る少数の紳士諸君は、それが利益なのだから別として、再び彼等に欺されたいらしい人達を私は理解できない。恐らく彼等は私が比島(フィリピン)の山中で遇(あ)ったような目に遇うほかはあるまい。その時彼等は思い知るであろう。戦争を知らない人間は、半分は子供である」。
 天皇の深思と大岡の慨嘆の何と近接していることか。今の政府も財界もほとんどが『戦争を知らない半分子供』の人間で構成されている。この危うさに戦慄する。
 
 2012年日本国籍を取得したドナルド・キーンは深い日本への愛情から『日本人の戦争 作家の日記を読む』を著し山田風太郎の日記から次の一節を採っている。 
 古い日本は滅んだ。富国強兵の日本は消滅した。吾々はすべてを洗い流し、一刻も早く過去を忘れて、新しい美と正義の日本を築かねばならぬ――こういう考え方は、絶対禁物である。(中略)僕はいいたい。日本はふたたび富国強兵の国家にならなければならない。そのためにはこの大戦を骨の髄まで切開し、嫌悪と苦痛を以て、その惨憺たる敗因を追求し、噛みしめなければならぬ。/全然新しい日本など、考えてもならず、また考えても実現不可能な話であるし、そんな日本を作ったとしても、一朝事あればたちまち脆く崩壊してしまうだろう。/にがい過去の追求の中に路が開ける。
 『半分子供』の大人たちは「この大戦を骨の髄まで切開し、嫌悪と苦痛を以て、その惨憺たる敗因を追求し、噛みしめ」ただろうか、「にがい過去の追求の中」から路を開いただろうか。その中途半端さに戦慄する。
 
 戦争が廊下の奥に立ってゐた――渡辺白泉
 廊下の奥というささやかな日常生活に、戦争という巨大な現実は容赦なく進入してくる。その不安が一種のブラックユーモアとして言いとめられている。(略)昭和十四年に作られているところに先駆的な意味を持っている。(大岡信著「百人百句」より)
 夏の海水兵ひとり紛失す――これも同じ作者の句である。
 

2015年12月20日日曜日

スポーツ雑感27.12

 最近の若いアスリートのコメントの旨さには舌を巻く。先日バルセロナで行われたフィギスケートのグランプリ(GP)ファイナルで男子初の三連覇を達成した羽生結弦選手などその典型だろう。先の「2015NHK杯」で男子シングル史上初の300点超えの322.40点で優勝した羽生がどんな滑りをするか?前人未到の300点超えの後だけに注目されていたが世界最高得点を更新する330.43点で優勝したその驚異の成長に異次元の完成度を見せつけられた。その彼のコメント。「300点超えの達成感はNHK杯で味わったので、今回は(続けて達成できた)安堵感が強い」。更につづけて、今年の自分を表す漢字に「成」を選んで「一歩づつここまできたという気持ちと、ここからさらに強くなるぞ、という思いです。いいこと言ったな」と満面の笑みで締めくくった。
 短いことばで今の自分を表わすと同時に「成」という文字で簡潔にこれからの決意を表現するコメント術には一分の隙もない。普通なら「いいこと言ったな」という言葉には嫌味がつきまとうものだが、そこにだけ21歳という若さが滲み出て聞く者を安心させるのも彼の実力が最早常人でないレベルに達しているからだろう。
 コメントの旨い選手にはテニスの錦織圭、体操の内村航平など枚挙に暇がない。聞くところによると「ナショナルトレーニングセンター(通称味の素トレセン)」に若手の優秀な選手を選抜して特別高度の育成を行っていて、そのなかにはコメント術もメニューにあるらしいがそればかりではあるまい。若くてもひとつのジャンルを極めた人にはその高みからくる完成された表現術が自然と具わるのに違いない。
 
 別の意味で阪神の金本新監督のABCテレビ「おはよう朝日です」でのインタビュウのコメントに感心した。
 どんなチームづくりをしますか?という問いかけに「打つ野球、守る野球、走る野球がありますが分かりません。全選手のレベルアップを図りますからそれに応えてくれたなかから良い選手を選ぶのが監督の仕事です。打つ選手が多くなれば打つ野球になるでしょうし又別の野球になるかもしれません。今の時点ではどんな野球になるか分からないのです。
 来年が楽しみですね?キャンプは楽しみですがシーズンは怖いです。キャンプに若手がどれだけ成長してくるかを見るのは楽しみですがシーズンは未体験ですから怖いですね。
 アナウンサーの通り一遍の質問にここまで誠実に正確に答えた監督は初めて。なんと明晰な返答であろうか。ひょっとしたら金本監督は大変な名監督になるかもしれない。資質は十分だ、マネージメント力次第だが期待は大だ。
 
 金本流の真逆をやったのが巨人だ。20年ほど前財力にものをいわせて4番打者をズラリと並べて強力打線を誇ったが本塁打数のわりには成績は振るわず結局長島監督を引退に追い込んでしまった。考えてみれば当然のことで「打線」というように1、2番が塁に出て3番がチャンスを膨らませて4番につなぐ、4番がガツンといって5番が更に得点を重ねる、このつながりがビッグイニングを成立させる。4番打者クラスが本塁打を打ってもたかだが一年に30本に過ぎない、110試合前後は不発であるから本塁打数は多くてもそれ一本では勝利にはつながらない。投手も同様で先発15勝クラスの投手を10人以上も揃えたサムライジャパンが世界野球プレミア12で優勝できなかったのも中継ぎ投手が手薄だったからだ。同じ球威抜群の投手でも先発と中継ぎでは役割が根本的に異なる。1回から6、7回まで2、3点までに抑えてゲームを作ればいい先発と緊迫するゲームの終盤にマウンドに立って1回ないし2回をゼロに押えなければならない中継ぎでは投球術に相当な隔たりがある。球威抜群なら先発投手でも中継ぎが勤まると考えるのは素人の考えだ。小久保ジャパン監督がそうとは言わないが結果が3位ではいかんともしがたい。
 
 来季のセリーグは40歳の巨人高橋、47歳の阪神金本、41歳のDeNAラミレスと新人3監督を含めて全員が40代の清新な監督が采配を振るう。実力は未知数だが「前例」に捉われない「野球改革」を行えばセ・パの実力差は一気に詰まるかも知れない。クリーンナップがチャンスにベンチを窺うような「データ野球」でなく思いっきりバットを振り回す「面白い野球」が見たい、とファンは切に願っている。
 
 それにしてもプロ野球選手は恵まれている。 
 
 
 

2015年12月13日日曜日

人口問題の死角

 最近母子プラス祖母三人づれよく見かける話し振りなどから想像するとおばあちゃんは多分母方でおまけに随分若くてどっちが親でどっちが娘なのか見紛ってしまうことも多い。こうした関係は喫茶店の雑談などでも話題になっていて、若夫婦の住居も実家近くに住まうことが多く息子の親―特に母親は寂しいものだと嘆いている。このような都市部での夫の父母との関係の「希薄化」は統計(国立社会保障・人口問題研究所「全国家庭動向調査・2013年」)にも明らかになっており、特に病気時に「夫の母」の面倒を見る場合にそれが顕著に表れているという
 これは核家族化が極度に進行しそれと時期を併せるように高齢化が高まって、子育てに未熟な都市部若夫婦が妻の母親に頼らざるをえなくなった結果であろう。
 
 見方を変えると保育所不足の裏返しでもある。夫婦共働きが一般化した現在、働きたい20~30代の妻層が出産子育て期に離職せざるを得ない―いわゆるM字カーブの「女性労働力率」の表れが「母子・祖母の三人づれ」なのだ。あの三人づれの若いお母さんの多くが働きたくても働けない人たちである可能性が高いということだ。晩婚・晩産化があって1975年にはカーブの底が25~34歳であったのが2004年は30~39歳が底になっているが、こうした女性の労働市場からの離脱―スキルの劣化が日本大で見た場合「生産性の低下」となって経済に大きな影響を与えることに繋がる。
 アベノミクスの「新たな三本の矢」は2020年に①GDP600兆円②出生率1.8③介護離職ゼロを掲げているがそれもこれも「保育施設の充実」次第であるといっていいほどこの問題は重大である。
 ところが政府の考えている「子ども・子育て支援」は小規模保育等を認定こども園に囲いこんだり幼保連携型認定子ども園を追加することなどでとにかく『量的』な保育施設の確保を打ち出しているだけで、「出生率1.8」を達成するための『究極的な子育て支援』がどうあるべきかが全く示されていない。だから政府の「子育て支援」がたとえ旨くいっても「出生率1.8」は実現されないであろうことは現場の人たちや識者多くは今でも分かっているに違いない
 
 では究極の子育て支援とはどんなものか。それは①「24時間保育」と「病児保育」の確保だと考えている。又それとは別に「堕胎―人工中絶」の解消についても真剣に取組む必要がある
 労働の多様性の一般化が急速に進展し今後もその傾向は継続するに違いないなかで「一定時間帯」の保育を前提とするあり方は現状に即さない。9~18時就労で土日が休日、などの1970年代までの普通はいまでは特別に恵まれた職場といっても過言ではない。高齢化に伴って「介護職」の不足は必然でその充足が国の大きな施策になっている現在、介護職の就労時間は極めて不規則なことは皆承知している。それへの対応に備えなくてどうして「③介護離職ゼロ」が実現できるというのか。
 「病児保育」も同様だ。「37.5℃の壁」が共働き夫婦を悩ましていることも保育現場では常識になっている。今年TBSで放映された『37.5℃の涙』が評判を呼んだが現在の保育制度では「37.5℃」が一般保育施設での保育の限界になっており子どもが37.5℃になると扶養者に引取りが要求される。仕事途中の勤務先に連絡が入り速やかに迎えに行かなければならない。幼児は得てして熱を出すものである、その都度仕事を中断しなければならないのでは職場で安定して勤務することは不可能であろう。
 『量的』な保育施設の確保だけでは不完全であり『質的』―「24時間保育」と「病児保育」を充実することではじめて本当の「保育施設」の完備となる。数的なもの―人口10万人にどれほどの施設が必要かなどは現場と専門家で協議すればよい。
 付け加えれば「働き方改革(例えば『長時間労働』の解消など)」が併せて必要なことはいうまでもない。
 
 人口問題のタブー―堕胎(人工中絶)についての論及はこれまで表立ってされたことがない。しかしその数字をみればこの問題をなおざりにして人口問題は語れないことが分かろう。平成元年度の中絶数は466,876を数えており以降年々減少をたどっているが26年度でも181,905件でこれは同年の人口の自然増減数マイナス269,465人の70%近い数字だ。人口の自然増減数は平成5年度にはじめてマイナス21,266人に転じて以来マイナスをつづけて26年度はこれまでの最多を記録した。人工中絶数と出生数を比較すると平成26年度出生数1,003,539人中絶数181,905で18.1%に相当し平成5年度は36.4%10年度では31.1%を示していた。
 出生数の20~30近い人工中絶が行われていることに眼を瞑ったままで出生率1.8を論じる愚かさを知るべきで、その原因を究明しそれへの対応を行えば「人口減」解決の道は大きく開けることは明かだ。勿論そのためには経済面だけでなく社会面倫理面に関わる問題への踏み込みも必要となるだろうがそれを避けていたのでは何時まで経ってもこの問題の根本的な解決には至らないであろう。
 
 人口問題の解決策は身近にある。     
 

2015年12月7日月曜日

歴史を感じるとき

 上賀茂神社の式年遷宮をドキュメントで見た。十月十五日正遷宮の日、深夜に宮司が権殿から本殿に御神体をお遷しする場面では真っ暗ななか数人の神職が白布を高々と両手で支え上げ御神体と宮司を囲い込んで人の目に触れさせぬよう最大の慎重さをもってしずしずと移動された。本殿へ御神体が遷されて遷宮が無事終えられたのだが神と人とのふれ合いは深夜漆黒の闇の中の束の間であるのを見て仏教と何と異なることかと感慨を覚えた。片方はきらびやかな本堂に金箔で象られた釈迦牟尼佛や大日如来像が祀られているなかでその御尊顔を拝みながらお念仏を唱えて成仏をお願いする、御本尊そのものからお恵みを間近に戴くのだからこれほど確実で有り難いことはない。それにひきかえ御神体がそもそも何ものなのか我々一般人はお目に掛かったことすらない、言い伝えとして鏡であったり玉であったり剣であると云われているがそれにしてもそれが『神様』ではない。神の魂が鏡や玉に乗り移ったのであって我々はその『依代ヨリシロ』を通じて神の霊と向き合うのである。
 この差は決定的といえる。片や『見えないものの信仰』でありもう一方は『見えるものの信仰』である。六世紀後半支配者が――欽明天皇が蘇我馬子と厩戸皇子などの崇仏派の勧めに従い(廃佛派の物部尾輿、中臣鎌子などが抗争に敗れて)仏教を神―霊信仰―に変わって「国教」に採用したのは『歴史的大転換』であったことを式年遷宮を見ていて強く感じた。
 
 仏の崇高な精神性は浮遊する霊が仏に乗りうつって生じるものではない。崇高な精神は、安定自足した美しい仏像の内部にあって、そこから外へと輝き出る(略)。その(仏像の)威力は金堂内を満たし、さらには回廊に囲まれた内部の空間を満たし、そこを聖なる空間たらしめるが、霊威が仏の像を本源とするところが古来の霊信仰との明確なちがいだ。聖なる本源が人間を超えた人間の像として目に見える形を取ってそこにある。となれば、仏教を信じることはまずもって仏の像に向き合い、像を敬うことでなければならなかったし、仏の像は敬うに足る安定性・自足性と崇高な美しさをもたねばならなかった。そして、仏像の崇高な美しさが仏像の造形を超えてまわりの荘厳の造作や建物の造形の美しさにまで及んだのが、いまに残る飛鳥美術、白鳳美術の数々の傑作のすがただ。(長谷川宏著『日本精神史』より)
 
 古代の人びとは我々のように「言葉」を多くもっていなかったし「概念語―抽象的な言葉」はほとんどなかったから「見たり聞いたこと」を正確に表現し相手に伝えることが不完全であったうえに「感じたこと考えたこと」を表現する力はほとんどもっていなかった。従って『言葉』以外に注意をはらう必要性をいまより格段に「強く広く」要求されたことはまちがいない。ということは『感じる力』を鋭敏にすることが必要になりその分『霊感』が今とは比較にならないほど強かったと想像される。
 善いものでも悪いものでも、特別の威力をもち人間に畏敬の念を抱かせるもの―、それが古代人にとっての「神」であった(同上書より)。自己と家族の安全を図るために、収穫・収獲を多くするために、外敵の襲来や自然の猛威を防ぐ「特別な威力」は『生活に必須の力』として望まれた。たとえば「旱魃や洪水」を予見する力や「病・老・死」を癒す力に対する人びとの畏敬の念は強力であった。そういう力の寄りついた『もの』は『依代ヨリシロ』と呼ばれそういう力の寄りついた『ひと』は『憑座ヨリマシ』と呼ばれ『神』として崇められた。
 卑弥呼は、神霊の寄りつく憑座ふうの人物が国々の首長の総意によって女王に共立されたものと考えることができる。神霊の寄りつくことは小さな共同体の小さな現象としても、大きな国家共同体の大規模な現象としても、信じられ、求められていた(同上書より)
 
 では何故天皇は「仏教」を採用したのだろうか。それは巨大『陵墓―前方後円墳』を建造する経済的負担を維持することが困難になったからではないか。
 憑座として神格化された天皇を頂点とする専制的な大和朝廷は天皇の死によって本来ならその権力は断絶するはずである。「巨大古墳の造営は矛盾を―危機を―克服しようとする支配階級の熾烈な意志のあらわれだったが、国王陵のさらなる巨大化と、同型の前方後円墳の『各地への広がりは、危機克服の過程が国家の権力と権威を拡大・深化する過程でもあったことを示している。/国王の死による国家支配の中断を、墳墓造営と埋葬の儀式によって埋め合わせる方策』が定型化する(同上書より)」。
 領土の拡張と支配権の拡大は有力豪族との併立を余儀なくされ政治権威の維持経費の増大を招き、巨大陵墓を天皇一代ごとに建造する経済的余力を枯渇させた。寺院と仏像で構成される仏教施設は経済的負担を飛躍的に軽減すると同時に天皇の政治的経済的権力と宗教的権威を分離することで天皇制の永続性を容易にする効果を持つ。「大仏殿の造営」は古墳時代と仏教時代の過渡的措置として理解してよいのではないか。
 
 これは思いつき―アイデアに過ぎない。しかしこのような荒唐無稽な想像力を掻き立てずにおかない『歴史の断層』を「式年遷宮」に感じた。
 京都は限りない魅力を秘めた都市である。
 
 
 
 
 
 
 
 

2015年11月30日月曜日

初冬に想う

 先週の日曜日の朝、近くのコンビニへスポーツ紙を買いに行くと「おはよう!」と声を掛けられた。振り向くと3歳年上のガールフレンドがいた。「こんなところで珍しいね」と同じ言葉を口にする。彼女とは毎日早朝の散歩(彼女)とトレーニング(私)の途中近くの公園で会話を交わす間柄でもう十年近い付合いになる。福島から娘婿の転職で京都に移り住んだ彼女が近々また彼の再転職の都合で横浜へ転宅すると聞いてから何日か経っての久し振りの出会いである。コンビニを出て当然のように公園へ足を向けて歩いていくと、彼女のマンションとの分れ道に差し掛かかったとき「じゃここで」と立ち止まった彼女は手を差し出し「ありがとう、楽しかった。水曜日に引っ越すから、多分もう会えないと思う。これでお別れです。本当にありがとう」。「そう、残念だけど仕方ないね。お元気で」。スポーツ手袋をはずして改めて握手して顔を見交わして別かれた。
 コンビニで会わなかったら彼女と別離の挨拶を交わせていたかどうか。日曜日にスポーツ紙を買いに行くなど滅多にないことなのだがその日に限って読みたくなった。彼女がコンビニへどんなタイミングで行っていたかは知らない。たまたまふたりのタイミングが合ったのだが「不思議なめぐり合わせ」だった。心残りのない別れができた。
 
 もうひとつ。従叔父(祖母の妹の息子)の葬式に出られなかったことがずっと気に掛かっていた。父の従兄弟に当たるのだがふたりは大層仲が良く私も幼い頃随分可愛がって貰った。今年の夏の終わりに遠い親戚へお邪魔する機会があって、英文学者で仏教に造詣の深い彼女の連れ合いと話が弾んで随分ご馳走になった話の途切れにフト「Tおっちゃんのお葬式に出ていないのが長い間気になっていてね。お墓がお宅と同じお寺やから一ぺん案内してもらえへんやろか」というと「年賀状だけやけど付き合いあるしS(従叔父の娘)ちゃんに声かけてみるは」と言ってくれた。それから二三日して「Tおじさんの十三回忌が十月にあるんやて。よかったらあなたにお参りして欲しいて言うたはるけど」と電話があった。一も二もなくお願いしてお参りさせて頂いたのはいうまでもない。
 その親戚の家は兄弟みな行っているのになぜか私だけ機会がなかった。それが今になって急に思い立ったのが偶然なら、彼女とTおじの家との付き合いがつづいていて連絡がついた、その時期が従叔父の十三回忌に当っていたというのも偶然だ。「不思議なめぐり合わせ」だった。積年の蟠りを解かれて今はほっとしている。
 
 この種のテレパシーの類の話は戦地から帰還したおっちゃんたちから昔よく聞かされた。極度の緊張を強いられる戦闘から解放される夜、南方の漆黒の闇の中に身を横たえて空を見上げると無数の星が煌いていてその美しさに感動した、そんなときサァーっと星が流れて思わず「おやじ…」と呟いた、何日かして「父死す」という便りが内地から届いた。多分あの時、親父が死んだんだろうなあとあとから思った、などと。
 
 最近よく「キレる高齢者」の話を聞くが彼らはどうしてキレるのだろうか。
 大体年寄りは孤独なものだ。勤めを辞めて、友人知人がぽつぽつ逝きだして、地域でも知らない人が多くなって、いろんな関係性が途切れたり稀薄になっていくのだから孤独は当然である。関係性から解き放たれてふわふわとした不確かな浮遊感に身をゆだね『想念』を遊ばせていると気がほころんですーっと楽になるときがある。そういうある種の気ままさ或いは横着さがないからキレるのだろうか。自宅裏の1メートルばかりの生活道路―何軒かの私有地を共有した20~30mの―を私有権を主張して古道具か何かで「通せんぼ」して通行不能にした年寄りが行政の強制代執行で障害物の古道具類を撤去されてキレたり、選挙で投票を終えた年寄りが立会人に「ご苦労さん」と声をかけられ「ご苦労さんは目上の人が目下にかける言葉だ」と怒ってキレてみたり。
 彼らは、途切れて稀薄になった関係性をなんとか回復しようと『もがく』から、『あがく』から、でも回復することは滅多にないから、益々『断絶』を味あわされて耐え切れなくなって、『ヒステリー』的行動で瞬間的な『回復』を願って、無意識に『キレる』のだ。
 年を重ねて、いままで見えていなかったものが見えるようになる、そのためには余分なものを切り離して身軽にならないと開けてこないのではないか。関係性が稀薄になるのもそうしたことの一つだと考えると少しは気がラクになるし楽しくなってくる。
 
 生真面目な―理屈でものを考え偶然を信じない―年寄りがこの国には多すぎる。
 

2015年11月22日日曜日

老後の初心

  「引退してもさびつくな」という有名なコピーがある。これはユナイテッド・テクノロジーズ社が1979年から85年にかけて月に二度、ウォール・ストリート・ジャーナル掲載した一連の広告のコピーのひとつだが、当時の経営者だったハリー・グレイ親しい人に向けた手紙のようなメッセージは、新聞広告史上最もぬくもりを感じさせるものとしていまに語り継がれている。
 
 しかしこの約600年前、わが国で同じようなメッセージを発している人がいる。能の創始者、観阿弥・世阿弥父子の世阿弥が能楽書『花鏡』に書いている「老後の初心を忘るべからず」ということばである。(以下は長谷川宏著『日本精神史』に依拠している。文中の引用はすべて長谷川の現代語訳が使われている)
 「命には終わりがあるが、能には終点があってはならない。年齢に応じた能を一体一体と習いつづけて、老後の年齢にふさわしい風体を習うのが老後の初心というものだ。」と世阿弥は説き起こす。暗い情念をかかえこんだ主人公がこの世とあの世のあいだを行き来しそこに幽玄の美を揺曳する「能」というものを、七歳から五十有余までの肉体に合わせた稽古のあり様を展開しながら説いた最後の「五十有余」の到達点を「老後の初心」と世阿弥は表現する。
 長谷川はこの件をこのように説く。
 「老後の初心」という表現がおもしろい。初心とは、事を始めるに際して当人の経験する心の状態ないし心の方向性をいうが、長く能をやってきた老後にも「老後の初心」があると世阿弥はいう。「なにもしないという以外に手がない」というのがそれだ、と。/老後には老後ならではの課題があらわれ、その課題に取り組む新鮮な志が老後の初心と呼ばれる。しないというところに向って努力を重ねるのが老後の課題だ。(略)能に終点がない、というのは暗に稽古がどこまでも続くことを示すことばだが、世阿弥はそこに能の生命力を感じとり、能のゆたかさとおもしろさを見ている。年齢に合わせて体を日々訓練し、未熟なところ、至らぬところを一つ一つ克服し、演技をいっそう高度な、完全なものにしていく。そういう稽古の延長線上に、しないという以外にやりようのないような老後の稽古をくり返す、――そこに見てとれるのは、自然的存在としての体と、演技する体との複雑微妙な融合と離反のさまだ。
 
 世阿弥のことばではもうひとつ「老骨に花が残る」という『風姿花伝』のことばも趣がある。長谷川はこのことばをこのように感じている。
 「老骨に花が残る」というのが言いえて妙だ。自然のままの花がとっくに散っているはずの老骨に花が残っている。(略)老いた父の控え目な演技を見て、世阿弥は能の花が自然に咲くものでありながら、事と次第によっては自然を超えて咲く可能性のあることを確信したにちがいない。/その、事と次第に、大きく関与するのが稽古だ。役者の体は年とともに自然に変化するが、自然な変化に寄りそいつつ、自然そのままの花ではない花を咲かせようと体の鍛錬を重ねること、それが稽古だ、といってもよい。自然な体と能を演じる体とを媒介する活動が稽古だとともいえる。自然な体と演じる体との現在と来しかた行くすえを冷静・的確に理解し、二つの体の均衡と調和を図りつつ稽古を進めることが要求される。
 
 「引退してもさびつくな」にしても「老後の初心を忘るべからず」「老骨に花が残る」にしても、今ほどそのメッセージが生きる時代はないのではないか。世は「高齢社会」である、『老骨』があふれている。しかし『さびついて』いないだろうか?『老後の初心』に気づいているだろうか、老骨に『花』が残っているだろうか?世阿弥は盛んに『稽古』の重要性を説くがそれと昨今の高齢者のアンチエージングとは同じではない。平均寿命が飛躍的に向上しそれを健康寿命につなげるために精出す高齢者がプールやスポーツジムでトレーニングに励んでいるが、彼らのその先にはなにがあるのだろう。観阿弥・世阿弥の稽古は能の精進のためにあった。今の高齢者は何のために健康増進に努めているのだろう。
 
 2025年には65歳以上の高齢化率が30%を超える(75歳以上は18%超になる)。30%を超える人たちと若い人たちの間に『断絶』のある社会は『正常』とは言えないだろう。では何で『つなぐ』のか?
 模索しなければならない、早急に!
 

2015年11月15日日曜日

新卒一括採用制度を考える

 もう50年以上前になるが私の就活の話を聞いてほしい。
 出版社で編集の仕事をやりたかったのだがその年、私の在学していた学校への求人枠はゼロだった。そこで東京へ乗り込んで神田の主だった出版社へ軒並み直談判して採用試験を受けさせてほしいと希望したが全く受け付けてもらえなかった。今ではそんな制度は信じられないだろうが、「指定校制度」というのがあって各企業から学校へ採用試験受験者数の割り当てがあってその枠内の学生数しか入社試験が受けられなかった。私の場合東京の出版社の枠がなかったから東京へ無理矢理出張ったわけで指定校にならなかったら原則その学校の学生は希望の会社の入社試験は受けられなかった。
 とんでもない『差別』かもしれない。しかし学校の特色を把握している人事担当者が学校別に採用枠を割り振って選抜を行えば必要な人材を確保できると考えられていたから多くの企業がこの制度を採用していたし学校と企業のあいだの信用関係もあって合格者の入社拒否はほとんど無かった。大雑把な業種と職種の希望はあったが拘りはあまり無かったから希望とは違った会社であっても内定したらその会社へ入るのが当たり前というのが一般的な風潮であった。解禁は4月だったと記憶しているが大体夏休み中には採用決定していて、残った半年で卒論をやっつけるというペースが平均的な学生生活だった。 
 
 「就活の解禁が前倒し」になるようだ。安倍首相の「学生を学業に専念させるよう考慮して欲しいという希望で4月から8月に就活の解禁が後ろ倒しされた就活日程が来年の就活解禁は6月に前倒し 経団連、1年で方針転換」という『朝令暮改』状態になったということだ。会社説明会を始める時期(大学3年の3月)、正式な内定解禁(大学4年の10)は今年と同じで変わらないらしい
 しかしこれで学生の就職活動が正常化するかといえばそうはならないだろう。問題の根本は、内定をできるだけ多くもって最も希望にかなう企業を選択できるという現在の就活制度にある。斬り捨てられる企業側はたまったもんじゃないだろうし、内定が一部の学生に偏って内定がなかなか決まらない学生には不平等な制度に感じるだろう。
 そもそも学生数が多すぎる。大学進学率は優に5割を超えているのだから学生の質にもバラツキがある。そのうえ『差別』が許されない今の時代では「指定校制度」も導入できないから企業は膨大な採用費用をかけて選抜業務を行わなければならない。
 
 根本的な問題は「新卒一括採用」という就職制度にある。企業が卒業予定の学生(新卒者)を対象に年度毎に一括して求人し、在学中に採用試験を行って内定を出し、卒業後すぐに勤務させるという世界に類を見ない日本独特の雇用慣行で、この制度は「日本型」といわれる「年功序列型賃金制度」を維持していくうえで不可欠の制度として導入された。何故なら勤続年数で賃金が決定されるからスタートを一緒にしなければ同じ学歴と卒業年度でありながら入社年度が異なると賃金に差が出るからだ。
 しかしデフレが進行するようになってから、生産性向上のために「能力給」の導入の必要性が叫ばれ、年功序列型賃金制度との訣別を企業は望んでいたはずなのに『抜け駆け』を危惧して抜本的な就職制度の改革に踏み出せず、いまだに「新卒一括採用」に企業は止まっている。
 
 東大が「10月入学」を打ち出したのもこうした現状を学校側から打破しようという意欲の現われだったと思うのだが、尻すぼみになってしまって実現は危うい。優秀な人材確保がこれからのわが国の企業成長に欠かせない要因であるなら『就職規制』を撤廃することだ。自由競争にして各企業が工夫を凝らして採用制度を革新することだ。わが国の現状を見れば所得格差が拡大して就学の機会均等が阻害され可能性を秘めた若い人材が親の所得という「外部要因」の影響で才能を開花させられずにいる。このまま放置しておくとわが国労働力の質的低下は免れない。人口減少が必然化している現在、そのうえ質まで劣化してしまったのでは生産性向上は望むべくもない。企業が奨学金制度を独自に設立し就学機会に恵まれない優秀な若者を「囲い込む」のも一策ではないか。
 
 幾つもの内定を平気で斬り捨てている学生の『モラル』が何故問題にならないのか。それは今の就職制度が矛盾をはらんでいるのを皆が知っているからだ。
 改革は急を要する。
 

2015年11月8日日曜日

理屈と感情

 サプリメントについてこんな話を聞いたことがある。某大学の准教授が一日に百十何錠かのサプリメントを服む以外は水を飲むだけでほとんど食事を口にしないで十年以上過ごしているという。これは極端な例としても何らかのサプリメントを常用している人は多く、中国人旅行者の「爆買」の人気商品上位に品質の良い日本製サプリメントが含まれていることも知られている。
 古い考えかも知れないがどうもサプリメントに馴染めない。『サプリ信仰』にはふたつの勘違いがあるように思う。まず、サプリ単体で効いているという考え方、二つ目は栄養素のすべてが明らかになっているという誤解である。
 遺伝子解析でもそうだが、ヒトゲノムのおよそ97%は役立たずの遺伝子『ジャンクDNA』とされているが、だからといってそれが『無用』とはいえないらしく、まだ確認されていない機能を果たしている可能性が高いようだ。眼や免疫機能に効果があるビタミンAはベータカロチンを多く含む色の濃い野菜に含まれているサプリだが、ビタミンAが体内で機能するときビタミンAと野菜に含まれるその他の物質が相互に影響してビタミンAとして吸収、機能しているかも知れない。更に今まだ発見されていないサプリメントがどれほどあって、それが健康とどのような関係にあるかも定まっていない。
 科学は発見されやすいものから発見され、人間に役立つ方向に偏って進歩するいう考え方がある。あんなに悪者扱いされていたコレステロールに善玉があるということが言われだしたのが最近であるように科学を『信仰』するのは行き過ぎだと思う。上等の牛肉が健康に良いものであっても、楽しく美味しく頂かなくては吸収され難いように、食事は衛生的で新鮮な『食品』でするのが第一だと理屈抜きで信じている。
 
 消費税の軽減税率はその逆進性ゆえに増税の緩和効果は薄い、というのが経済学の常識になっている。軽減税率導入がすんなりと政策として成立しないのはこの常識が邪魔をしているからだ。今、消費税が8%から10%に増税されて食品が8%に据え置かれた場合、年収一千万円の人が100g1000円の牛肉を300g、年収200万円の人が100g300円の牛肉を200g買ったとすると、一千万円の人は3000円の2%だから60円、200万円の人は600円の2%だから12円の消費税が軽減される。所得の高い人は高価なものを買うから減税額が多く所得の低い人は安いものを節約して買うから減税額が少なくなる。だから「低所得者の税負担を少なくしよう」というそもそもの目的が果せない、というのが常識的な批判となって、自民党の税調などは実施に反対している。しかしこれは理屈であって紙の上の考え方に過ぎない。もしこの考え方が本当に正しいなら欧米の多くの国でこの減税措置が実施されていることの説明がつかない。
 確かに60円と12円だから減税額は高所得者のほうが多いが年収に占める割合は0.001%と0.006%で低所得者のほうが高い。高所得者の食費の割合は低く3割程度だが所得の低い人は6割近い人も多いから『軽減率』から見た恩恵は低所得者の方が多くなる(食費割合から軽減税額を算出して年収と照らすと一千万円層では6万円で0.6%、200万円層では2.4万円で1.2%に相当する)。
 領収書を集めて申請して、半年先に貰える(還付される)2千円より今日の50円100円の方がありがたい。
 もうひとつ「スティグマ」という心理的負荷も考えるべきだろう。一ヶ月ほど前「臨時福祉給付金」六千円の支給を受けたが「低所得者」という『烙印』を押されたようで違和感を感じた。高級官僚や政治家には理解できないだろうが気持ちのいいものではない。
 理屈ではないのだ。
 
 魚消費が和食ブームも手伝って飽和状態に達し我国への流入量が減少している。過剰捕獲も常態化し魚資源自体枯渇化しているものもある。そこで『養殖』が注目され「近大マグロ」が脚光を浴びている。梅田のグランフロントにある近大マグロを提供する店は長蛇の列を成しているらしい。結構なことだがちょっと待てよ?エサはどうなっている?調べてみると魚粉を原料とする配合飼料も使われているが多くは生エサでサバ、アジ、イワシが主らしい。エサになるイワシなども当然天然資源だから養殖が盛んになってエサの必要量が増えれば海洋生態系のバランスへの影響も無視できない。つい最近も「大衆魚のイワシが高嶺の花」などとマスコミが囃し立てていた。
 マグロを取るかイワシを取るか。
 
 理屈通りいかないことも多い。
 

2015年10月31日土曜日

セオリーなき強権

 ヤクルトの弱冠23歳山田哲人が日本シリーズ第3戦で3打席連続ホームランという快挙をやってのけた。一日3連続は長島、金本(ふたりは二日にわたる3連続だった)を超えた大記録だ。満々の自信みなぎ堂々の打席で、ベンチや三塁コーチャーをチラとも見ない「必ず俺が打つ!」の気迫のこもったバッティングで、ベンチもトリプルスリー(同一シーズン打率3割、本塁打30本、盗塁30個以上)の本塁打王(38本)に全幅の信頼を置いていた。シリ-ズ2連敗の劣勢を勝利で挽回したのはいうまでもない。
 
 それに比べて今年の巨人野球は面白くなかった。東京に居る娘から「ドームの阪神戦のチケットが手に入ったよ」とメールがあっが丁重に断った。折角の娘の好意だが今年の巨人の野球を高い電車代を払って東京まで見に行く魅力を感じなかった。ファンは野球場であれテレビであれ、ゲームの勝敗とは別にお目当ての選手の活躍を期待して観戦する。例えば4番キャッチャー阿部であったり3番ショート坂本であるように。ところが今年の巨人軍は「猫の目打線」で今日誰が4番を打つのか、1番がどの選手になるのか球場へ行って見なければ分からないオーダー編成のシーズンであった。期待した4番阿部選手が出場しないこともあったから球場へ行くたのしみが半減した。
 「川上野球」も面白くないと散々叩かれたがセオリーがあった。それまでのクリーンアップ主体の野球を1、2番には出塁、進塁機能重視の役割を徹底させ、67番にも「打線」における機能分担を明確に植えつけた。「8時半の男」という今では常識になった「抑え投手」起用も川上が打ち出した戦法だった。
 坂本の2割6分9厘打撃30傑16位、長野2割5分1厘22位が上位でチーム打率2割4分3厘でリーグ最下位、本塁打98本、打点467点でヤクルトの547点と80点以上引き離されている体たらくでは優勝は望むべくもなかった。投手のチーム防御率が2点78で何とか試合を形作ってシーズンを2位で乗り切ったがCS(クライマックスシリーズ)ではヤクルトに為す術もなく敗れ去った。
 ペナントレースの途中苦しい試合を何とか勝利したインタビュで「低いチーム打率で決勝打の出ないチーム事情の中、勝利できた原因は何でしょうか」という監督手腕をに賞賛するような問いかけに「どうしてでしょうね?」と少しテレた表情で「他人ごと」のように語る原監督の姿に怒りに近い違和感を覚えた。
 優勝を逃した理由ははっきりしている。チーム打率がリーグ最下位に低迷しここというときに決定打の打てない打者たち、バントを決めなければならない場面で失敗する選手たちならしめた「監督の責任」だ。そしてその原因は「打線の役割分担」を無視した『セオリーなき選手起用』にある。4番打者に7番や8番を打たせたり、1、2番が固定せずシーズン通じて出塁、進塁の専門機能が定着しなかった選手起用では、選手が自分に課せられた機能を把握しそれに相応しい技能と気風を身につける『成長』を果たせなくても当然だった
 王選手が水原監督に日本のホームラン王に、松井選手が長島監督に巨人の4番バッターに育てられたよう、そして今、日ハムの4番バッターからサムライジャパンの4番に中田翔を成長させた栗山監督のように、原監督はあらねばならなかった。
 
 そういえば今、我国には、人気を後ろ盾に『セオリーなき強権』を振るうリーダーが目立つ。安倍首相は憲法改正せずに自衛隊を集団的自衛権の行使を容認した防衛体制に変容させた。しかも閣議決定に必要な、憲法9条の解釈変更について内閣法制局の検討過程を公文書として残していないということまで明らかになっている。憲法学者や法制局OBの「憲法違反」という指摘のある自衛隊の本質的な体制変更を「安倍人気」の数を頼みにゴリ押しする政治手法は「セオリーなき強権」そのものである。
 また維新の党の元共同代表・橋下徹は「大阪都構想」が住民投票で否決された事実を謙虚に受け入れず、投票後の議会運営を無定見な反対姿勢で混乱に落し入れ、11月の大阪府知事、市長ダブル選挙に否決された「大阪都構想」を再度選挙公約に持ち出すという「セオリーなき強権」ブリを露わにしている。
 
 折りしも巨人軍選手による「野球賭博疑惑」が明るみになった。原監督の「セオリーなき強権」によって選手としての成長の道すじを見失った若手選手の「自暴自棄」とみるのは早計か?
 
 頼むぞ!ヨシノブ(高橋由伸)!
 

2015年10月24日土曜日

今、図書館が新しい

 先日妻を図書館へ連れて行った。京都市で一番新しい図書館なので書庫から自動で本が出てくる装置や無人貸出機、メディアゾーンでDVDを観賞している高齢者の多さなど想像以上だったようだ。
 
 今、図書館が新しい。佐賀県武雄市の図書館が2013年CCC(カルチュア・コンビニエンス・クラブ…TSUTAYA等を運営)を指定管理者に選定して面目を一新、累計200万人以上が訪れ8割が満足しているという。カフェや書店を併設するなど来場者数アップに斬新な手法を展開している。従来から窓口業務や蔵書管理を委託することは多かったが、最近になって「指定管理者制度(委託ではなく公営組織の法人化・民営化)」を活用する公立図書館が全国で400を超えるようになった。ところが図書館が変わって多様な人が利用するようになると反発が強くなることもあり愛知県小牧市では42億円の予算をかけて図書館を中心とした「文化拠点」を建設しCCCを指定管理者に据え駅前の活性化を図ろうとしたが住民投票で反対されてしまった。
 
 そもそも公共図書館とはどんな位置づけのものなのだろうか。図書館法によれば「社会教育法の精神に基き、図書、記録その他必要な資料を収集し、整理し、保存して、一般公衆の利用に供しその教養、調査研究、レクリエーシヨン等に資することを目的とする施設」ということになる。では社会教育とは…?法律の条文は難しいので要約すると「土地の事情及び一般公衆の希望に沿い」「図書、記録、郷土資料、地方行政資料、美術品、レコード及びフィルム、視聴覚教育資料その他の『図書館資料』を、収集して、一般公衆の利用に供し」「青少年と成人に対して学校教育以外の組織的な教育活動を行うことによって」「文化的教養(教養、調査研究、レクリエーションなど)を高め得るような環境を醸成する」ということになる。
 
 これまで図書館法など見る機会もなかったから「…レクレーション等に資する」という一文には正直驚いた。一般公衆は「専門的知見から図書等を選定して青少年・成人に教育活動を行う」ものが図書館だとイメージしていたのではないか。だからCCCが運営するカフェや書店を併設する施設で借り出した図書を読んだりDVDを見たりしながらコーヒーを飲み談笑するシーンは従来の図書館の概念から逸脱するものとして拒否されたのだろう。どちらかといえば「固い」従来型のイメージとCCCの演出する図書を中心とした『サロン』的文化施設とは相容れなかったのに違いない。
 少し声を大きくすると「シーッ」と叱責されるような従来のイメージは図書館機能の一部である教育活動の側面を増幅したものと見るほうが正しいが、それが固定観念となって我々に沁みついているからCCC方式は反感をもたれたのだろう。
 更に指定管理者制度を「従来の図書館の全面的委託」と捉えられたことも誤解を生んだのではないか。CCCが指定管理者に選定されると、図書館法で規定された図書館機能をCCC的に法人化民営化するのだから従来型の図書館とは大幅に異なった施設になることも有りうるということが理解されなかった。
 
 高齢化と生涯学習が社会的な大きなテーマになり情報メディアが図書ばかりでなくテレビ、DVDはもとよりPC(パソコン)、携帯電話、スマホなど多様化するなか図書館も時代に即応した「新しい図書館」に変貌することが求められておりそのひとつのあり方が「法人化・民営化」という指定管理者制度であろう。財政が逼迫する現状で図書館を文化行政の有効な施策として活用したいと考えるのは当然であり、とすれば地域の図書館へ一度も行ったことのないという大人の多い状態をこのまま放置しておいていいはずがない。小牧市の取り組みは武雄市の成功体験を踏まえながら更に一段高い次元に図書館を引き上げて駅前に「文化拠点」を創造しようとしたものと考えられる。
 しかし行政はそうした文化行政と新しい図書館のあり方を市民に伝え説得する過程を省いて強行しようとした。そうした行政手法への反発も手伝って計画が頓挫したのであろう。42億円という一地方自治体としては決して少なくない費用を投入しようとする計画にしては粗雑な姿勢であったと言わねばなるまい。方向性は時代を先取りした優れたものであるだけに今後の調整を期待して見守りたい。
 
 最後に図書館への希望を。京都市の図書購入予算を増額して欲しい(新刊書の補充が乏しすぎる)。開館時間延長と休館日を全市一律でなく分散して欲しい(現在は全市火曜日)。一年に一度も読まれないような本でも必ず一冊はある今の図書選定基準は継続して欲しい。
 
 

2015年10月18日日曜日

天からのあずかりもの

 最近出合った好い言葉や文章について書いてみたい。
 
 ひとつは贔屓の喫茶店の女主人が言った「何でも自分の中でしやはる」という言葉である。彼女は旧市内の古い家の出だから多分京都弁だと思うがはじめて聞いた言葉だった。彼女はこんな風に言った、「あのひとは何でも自分のなかでしやはるさかい気にせんでもよろしぃ」。客の誰かを取り成しての言葉だろうが、その意味は、他人や周囲のことを考えずに自分の考えだけを口に出す、となろうか。独善的で、自分勝手な、今どきの言い方ならKY(空気が読めない)に近い内容と考えてよい。しかしなんと『やわらかい』言葉であろうか、ひとを傷つけない心遣いの感じとれる言い回しである。
 京都弁では「いわはる」という言葉もいい。丁寧語の一種だが他人さんだけでなく身内―自分の子どもにも遣うことがある。「あの子、なんぼ言うても勉強いやや、いわはるさかい放っときますね」などという。我が子だが、第三者的な接し方が窺える表現である。見方によれば突き放した冷たい関係性にもなるが、例え我が子でもベッタリでなく人格を認めた存在として距離を置いていると見るほうが実際に近い。最近の若い親たちに見られる、絶対的な上位者意識で子供に接したり、ペット感覚で溺愛したりする親子関係とは一線を画した成熟した親子関係を『京都弁』にみるのは身贔屓だろうか。
 
 文章は瀬戸内寂聴の小説『かの子撩乱』の次の一節である。
 母は、わが子どもに対しても愛情から来る遠慮が随分ありました。どちらかと言へば率直な性分なので、時々率直に叱って�り過ぎたと思ふような時、母は見るも気の毒な程無邪気にうちしほれてわが子の前へ笑顔で来て、/「まあ、母さんに叱られたからってそんなに悄気(しょげ)なさるな。私もなあこれからもっと穏やかに叱りましょうよ。お前が私の子供だからと云って、天からあづかった一人の人間だもの。親の私だってそんなにひどく小言を云っては済まないからねえ」/こんな愛情の籠もった言葉は子どもの心を美しくするばかりでした。
 親が子どもに遠慮する、天からあづかった一人の人間だもの、と。なんという奥床しい心だろう。ややもすれば親であるという甘えから力づくで抑えつけようとしがちだが本当に余裕のある人は、ひょっとしてそんなことがあっても直に子どもと同じ位置に立ち戻ることができるのだ。そんな人だから嫁に対してもこんな気持ちで遇している。
 兄の嫁を貰った時、「折角あんなに仕込んで年頃の娘さんにしたものをうちへ貰ふなんて有難い。」と心から言ふのです。そして嫁を可愛がった母は姑さん(私達の祖母)にも無類の孝行者でした。
 
 かの子というのは岡本太郎の母で天才漫画家岡本一平の妻である。彼女自身も歌人、小説家で仏教研究家としても著名である。亀井勝一郎が仏教研究に入るとき教えを請いに行ったというから相当な存在であったと思われる。
 岡本かの子は今の二子玉川一帯を領した豪農大貫家の出身である。「蔵はいろは四十八蔵あり、三四里の間にわが土地を踏まず他出できなかったといふ。天保銭は置き剰って縄に繋いで棟々の床下に埋めた」というから並大抵の身代でないことが想像できる。結婚後生家が没落し随分苦労もしたようだが持ち前の天衣無縫さで豪快な生涯を送った。決して美人ではなく――むしろ背が低く丸々とした容姿だったが後年太郎が「私の出合った女性の中で最も魅力的なひとだった」と述懐しているところからも余程チャーミングなひとだったのだろう。「かの子撩乱」の中にこんな件もある。「一平はかの子の没後、誰はばからずかの子を『かの子観世音菩薩』と拝誦したが、生前に於いても、かの子は一平の偶像であり秘仏であった」。
 
 終戦直後の自由で自立的な世間の風(ふう)がここにきて、上下関係のキチキチした堅苦しい雰囲気に変わってきたように感じる。数を頼みに「問答無用」で抑え込む、それが民主主義だと云わんばかりの風潮もある。政治も経済も親子関係もみんなそんな風(ふう)が溢れている。
 かの子の母の「天からあずかった人間」同士という気持ちがどこにもない世の中になってしまった。
 

2015年10月10日土曜日

時事雑感

 今年もノーベル賞受賞者が我国から出た。2年連続、2000年以降自然科学分野では英独仏を抜いて世界2位の受賞者数を誇る。とはいえ喜んでばかりもいられない。10年後20年後もこの勢いを保てるかどうか極めて悲観的だからだ。梶田さんがいっているように基礎研究よりも経済的成果が直接、短期に産み出せる応用分野へ予算(資金)の配分が偏っている現在の教育行政は我国の教育システムを脆弱化しかねない。加えて大村教授が苦学を重ねて今日あるような高等教育就学の機会均等が持続できるかどうかという危惧もある。東大生の親の5割以上が年収一千万以上であるように、所得格差の継承と固定化が負のスパイラルとなって子どもの学歴格差につながり国としての知的レベルの劣化を招く危険性が予想される。先の人文社会科学系学部の廃止あるいは軽視の文科省通知など我国の文部行政は根本的に見直す必要がある。
 
 臨時福祉給付金(一人当たり六千円)の支給を受けた。年金受給者の場合65歳以上(扶養者有り)で年間約211万円以下の場合は大体支給対象者になるようで年金受給者(総数約3900万人)の多くが支給を受けることになろう。これは「平成26年4月の消費税率の引上げによる影響を緩和するため、低所得者に対して、制度的な対応を行うまでの間の、暫定的・臨時的な措置として支給」されるものだが果たして年金受給者に支給する妥当性はあるのだろうか。個人金融資産(15年3月末)は1700兆円以上ありこの内の50%以上を60代以上の高齢者が保有しているといわれている。金融資産は別にしても年金だけで夫婦二人生活するには困らない収入を受けている人が随分多い現状で、一律前掲の基準で支給することに疑問をもつ。社会保障費が膨張する中でこんな『甘い』バラマキをしていては財政悪化は当然であろう。大体1億円以上の金融資産を保有している高齢者に年金を支給する正当性はどこにあるのだろう。テレビで大言壮語する高齢知識人や経団連の大立者のひとりでもいいから「年金受給拒否」を申し出てくれないものか。
 介護保険に関しても理解不能の事態が起こっている。「カジノ型デイサービス」というのがあってパチンコ、麻雀に加えてルーレットなどのカジノ型プレーのできるデイサービス・ステーションが歓迎されているという。神戸市が禁止措置に踏み切ったというニュースが報じられたがその是非について識者・コメンテーターの意見の歯切れが悪い。楽しみながら積極的に介護を受けるのだから、とか、麻雀は知能向上にもつながるから、とか、一概にカジノ型が悪いとは言い難いなどと。とんでもない!パチンコも麻雀も愉しみたいのならパチンコ店や雀荘へ行って楽しめばいいのであって、1割負担の「介護施設」で遊ぶなど「不逞の輩」の何物でもない。まして「カジノ型プレー」はまだ国内では認可されていないのだから、たとえ「擬似通貨」によるものであっても介護施設で遊ぶことは許されるものではない。どうして識者は『厳然』と否定しないのか解せない。悪いことは悪いとはっきり批判すべきである。
 
 TPPが大筋合意した。コメ、乳製品、牛肉・豚肉などの保護が不十分ながら担保されたようだ。しかしどうして「農業」ばかりがこんなにも厚く保護されるのだろうか。1993年のガット・ウルグアイラウンド合意でコメ市場の解放を決めた際、6年で合計6兆600億円の保護対策を講じたが結局「競争力強化」は図れなかった。コメ農業の競争力強化策ははっきりしている。規模の拡大と収量増加だ。我国は先進諸国の中で唯一、コメを初めとして多くの作物で単位面積当たりの収量が30年間止まったままなのだ。FAOSTATのデータによる〈kg/10a〉のコメ収量は今(2011年現在)や米国、オーストラリアは勿論のこと韓国やペルーよりも劣っている。規模拡大の必要性がはっきりしているにもかかわらず小規模農家や兼業農家を優遇、保護するから「農地の集約化」は遅々として進まない。こんな現状を放置したまま―生産性向上の対策をなおざりにしたままで、外国との競争に勝てないから高額関税や所得保障で保護を求めるなど、筋違いではないのか。専業農家で懸命に努力している農家が報われない現体制は何としても打破するべきだ。
 1970年日米繊維協定が締結されて過剰織機の廃棄処分が決定し西陣を初め全国の織物産地で織機が打ち壊された。1992年日米構造協議で大規模小売店舗法が改正、スーパーなどの大型店舗出店規制の撤廃によって郊外型の大型商業施設がぞくぞくと建設され、駅前の商店街はシャッター通りに変わり果てた。日本中のあらゆる産業は時代の変化に翻弄され縮小、倒産、転業してきた。
 何故「農業」だけが『保護』されなければならないのか、多くの消費者を犠牲にして。
 
 「一億総活躍担当相」などというわけの分からない大臣を作って国民を惑わすのではなく「国家百年の大計」を合理的に樹ち立て国民に真摯に向き合う政治が望まれる。