2017年6月26日月曜日

掌中の珠

 日本経済新聞(以下日経)の『景気指標』が廃止になった。世のサラリーマン諸氏は毎週月曜朝の「景気判断タイム」をどう過しているのだろうか。
 
 毎週月曜日朝刊に掲載されていた『景気指標』は忙しいサラリーマンにとっては極めて重宝なものだった。国内データだけでもGDPや消費者物価指数など45系統の指標が一覧表の形にまとめれられていたから短時間に景気動向を知ることができた。その多様性は出典先だけでも内閣府、経産省、財務省、国交省、厚労省、総務省、観光庁、日銀、電通、不動産経済研究所、自販連など、百貨店協会、日本相互証券、東京商工リサーチ、日本経済新聞社と多岐に亘っていることで明らかだがもしこれを一々ひろいあげて作表するとしたら相当な時間を要するであろうし、大体素人にはデータの出典先を見つけ出すのさえ難しいものも含まれている。どういう経緯を経て今あるデータ構成に至ったのかは知らないが日経の歴史のなかで試行錯誤を経て完成されたのであろう。マクロデータから金融・為替、物価関連、生産統計、消費関連などとともに産業活動が業種別にデータ設定されているものもあったから勤務している企業の景気動向が直接読み取れる便利さもあった。
 何年も統計に接していると発表された数字と実感が異なることが少なくないからデータをそのまま信じていいものか疑問に感じるようになり自分なりの景気判断をする必要があることに気づく。例えば、「所定外労働時間(前年比)」をキーデータにして「マンション契約率」「新設住宅着工」「公共工事請負金額」「広告扱い高」を総合して自分なりの景気判断をしてから他のデータを見るとデータの受け取り方―数字の実相が読み取れるようになる。長年日経を読み、「景気指標」を読んでいる読者は知らず知らずのうちにそのような作業ををしていたと思う。しかしそのためには(ネットで一々データを検索するのではなく)「一覧表」になっている必要があった。アナログだけれども「一覧表」をじっと見つめて相互の関連をつなぎ合せる作業が「自分流の景気判断」を生み出す力になった。長年の購読歴を通じて読者一人ひとりがそんな風に「景気指標」を活用していたと思う。
 毎週月曜の朝、忙しい出勤前の数分間にそんな作業をして、一週間の仕事の基本方針を作る習慣で世のサラリーマン諸氏は暮らしてきたのではないか。言葉を変えれば、統計―経済統計というものがそれだけ身近なものであったということになる。なるほどネットで検索すれば同様のデータは閲覧できるかも知れない。しかし専門家(専門部署やデータ活用が仕事上必須とされる)でない一般人が統計にアクセスする機会はグンと減少するに違いない。残念なことだ。
 
 ふと思い出したのだが「経済企画庁」が消滅したときにも同じような感懐を抱いた。2001年の省庁大改革でいくつかの部局とともに経済企画庁が内閣府に吸収統合された。それに伴って「経済白書(年次経済報告)」が「経済財政白書」に模様替えになる。当初は何気なくこの変更を受け入れていたが数年経って「何かちがう」と感じる。なにが違うのか。副題が2005年まで5年間も「改革なくして成長なし」が踏襲された。副題は1956年の《もはや「戦後」ではない》が有名だが年々の経済特性を表現する執筆者の苦心の表れだったが、それを政権の経済財政政策の基本方針をそのまま流用するのでは完全に「政府寄り」のレポートに変質したという印象を強くもった。
 総理府の外局として設置された経済企画庁は、長期の経済予測に基づく長期経済計画や内外の経済動向に関する調査分析、国民所得の調査などを所管した。行政官庁の一角を占めてはいたが政府当局とは独立性を保っていた。ところが内閣府に吸収され、また「財政」をも含めた「経済財政」を調査分析対象とするために独立性が損なわれ、「長期経済予測」も専門的に所管されていたのが内閣府政策統括官の分掌に含まれるようになった。
 
 もうひとつ大きく変わったのが大学(院)で経済学を学んだ経済学徒が「官庁エコノミスト」として行政を目指す主管庁が分散してしまったことだ。省庁再編以前なら経済企画庁が受け皿として有為の人材を吸収してきたものが今では内閣府、財務省や経産省などの相当の部局に入省しなければならなくなった。しかも各省に入省したとしても当該部署だけではなく省内のいくつかの部署を異動しなければならないから「官庁エコノミスト」として行政マンを全うできるとは限らない。その結果、「官庁エコノミスト」としての専門集団が中央省庁から消滅せざるをえないことになってしまった。
 こうした状況の悪影響はもうすでに現れている。予測を所管する責任部署の独立性が保たれていないことによって我国の「官製の長期経済予測」の『根拠ある継続性と責任』が担保されなくなって政府の経済財政政策の「骨太の方針」の基礎となる長期経済予測が「あやふやな存在」となってしまった。
 
 唯一我国に「官庁エコノミスト」集団があるとすればそれは『日銀』であろう。しかし日銀は金融経済の専門家であって経済全般の専門家ではない。日銀にもそうした認識があったのか日銀政策委員会に経済企画庁の官僚が出席する権限を有していた。日銀の独走を牽制する意味合いを持っていたのであろう(現在も内閣府の職員は出席しているが議決権は有していない)。第二次安倍内閣になって黒田日銀総裁が就任して異次元の金融緩和(QQE)が行われた。「デフレ脱却と2%の物価上昇率の達成」を目的として実施されたわけだが、この政策はいわゆる「マネタリスト」の信奉する政策であり経済企画庁はどちらかといえばこの政策と対峙する「ケインジアン」に近い存在だったから、もし経済企画庁が存在していたらここまで野放図な緩和策が採用されたかどうか、何らかの意味で歯止めがかかっていたかもしれない。   
 
 政府とのあいだに独立性が保たれた「経済企画庁」という存在があったから政府にも日銀にも「ニラミが利いた」、そう信じていい側面があった。ところが省庁大改革という名目の元に経済企画庁は内閣府に吸収統合された。その悪影響は想像以上に大きい、という見方はうがち過ぎであろうか。
 日経の「景気指標」が一般市民に自分なりの景気判断を容易にしていたから、政府や日銀などの「公的な景気判断や経済政策」を批判的に見る力を養っていた。それが紙面から消えてしまった。
 ふたつの批判勢力が劣化することによって政府や日銀が偏った経済政策――国民の一部に有利な公正でない政策を打ち出しやすくなった、ここまで言っては「景気指標」を買い被り過ぎになるだろうか。
 
 「掌中の珠」ということばがある。ひょっとしたら「景気指標」は日経のそれだったのではないか。「あとの祭り」にならないうちに「愚策」と気づいて復活するのなら大いに歓迎である。
 

2017年6月19日月曜日

引かれ者の小唄

 良く言えば批判精神旺盛になるのだろうがそんな上等なものではなく単なる臍曲がりの天邪鬼を貫いてきた。文学青年を気取って世間の評価に抗い、どうしてこの作家が、この作品の評判が高いのか疑問に思って今日まで引き摺ってきたものも少なくない。不勉強で専門的知識が欠如しているから秩序立てて批評を加えることができず納得できないできた代表が漱石の『明暗』であり作家では「宮沢賢治」であった。友人との語らいの中でこれらがでてくると、日頃の饒舌が沈黙を決め込んで、『明暗』や賢治への賛辞を遣り過ごしてきた。
 年を取るにつれて小説よりも随筆やエッセイの類を好むようになり、とくにここ数年その傾向が強まってきて、そんななかに谷崎潤一郎の『藝術一家言』と荒川洋治の『夜のある町に』も含まれていた。そしてこの両書に積年の「蟠り」を霧消する巨匠の「信証」が載っていたのだ。「権威」に依りかかる根性なしとの罵詈を覚悟してそれぞれを下記する。
 
 明暗が一個の通俗小説として読まれているのなら問題にならないが、高級な芸術品として汎く真面目に読まれて居るのだとすれば、それに就いての批評をする事は、多くの人に私の藝術観を訴えるのにこの上もない機縁となる訳である。(略)あのやうな作品(明暗)が今も猶高級藝術として多くの読者を持っているとすれば、それは偶々あの作品が漱石氏の如き学者によって書かれたものであり、殆ど談論風発的小説と言っていいほど議論づくめで書かれている為に、何となく高級らしい感じを与え、多少教育のある人々に浅薄な理智の満足を与えるがためであろう。私をして忌憚なく云わせれば、あれは普通の通俗小説と何の選ぶ処もない、一種の惰力を以てズルズルベッタリに書き流された極めてダラシのない低級な作品である。(『藝術一家言』より)。
 
 もしも宮沢賢治が戦争前夜を経験していたら(略)でもここはだいじなところだ。戦争を通過しなかった人の世界観を、いまの国民は傷つきたくないから、とても好きなのである。ちなみに前年の生まれのなかには金子光晴がいるが、このほうの詠草を国民は採らない。宇野千代は暦も足らぬほど長生きをしたが、彼女の年の七分でも宮沢賢治に与えられていたら国民にとって彼はおいしい詩人ではなかったろう。戦争よりもつらいものがあった、もっと本質的なものがあった、あるいはそれをのみこんでいたとみるのが宮沢賢治を愛する人たちの意見かと思うが、世間にかすりもしない世界観はそこまで堅牢なものだろうか。むしろ「気持ちわるい」というのが、物質文明を堪能する現代人の、正直な感覚なのではなかろうか。自分をごまかしてはならない。(略)みずからの日ごろの汚れには目をつぶり、夭折という偶然によって晩節の汚れから逃れた詩人を美化することで満足している国民はいいとしても、数々の体験をくぐったはずの現代の詩人までが「宮沢派」であるのは、現代の詩に身を切るような歴史が存在しなかったことの証かもしれない。森の生き物だの自然を心から愛している国民は、知的先端からこうして「壇」のきびしさを亡失し自滅に傾く。(『夜のある町に―注文のない世界』より)。
 
 「痛罵」といっていいほどの小気味よい「批判」でありおずおずと世間の評価に阿る卑屈さは微塵もない。谷崎の批判には漱石への尊敬が潜んでいるから辛言の底に暖かなものが感じられるが荒川の「賢治批判」には筆舌に容赦の欠片もない。己の文学観に自負をもっているからこその矜持があって壮快でさえある。
 
 谷崎のは『谷崎潤一郎全集第二十巻』に収められていたものだがこの巻に思いもかけない佳文があった。晩年を迎えて友人の富貴に怯懦を覚える昨今だが、どこかで欠乏を睥睨するところが無くもなく、落剥を「身軽さ」と悦(たの)しむ気味が心の空隙に潜んでいる。そんな気分を見事に描写している文なので掲げてみる。
 
 東京の下町には、所謂「敗残の江戸っ児」と云ふ型に当てはまる老人がしばしばある。私の父親なぞもその典型的な一人であったが(略)そんな工合で親譲りの財産も擦ってしまひ、老境に及んでは孫子や親類の厄介になる外はないが、当人はそれを少しも苦にしない。無一文の境涯になったのを結句サッパリしたくらゐに思って、至って呑気に余生を楽しんでゐる。(略)悪く云へば生存競争の落伍者であって、彼等が落伍したのは働きがないと云ふ欠点にも依るけれども、見やうに依っては市井の仙人とでも云ふべき味があって、過去は兎も角も、そこまで到達した彼等に接すると、大悟徹底した禅僧などに共通な光風霽月(こうふうせいげつ…さっぱりとしてわだかまりのない気持ち―筆者注)の感じを受けることが有る。ところが私は、大阪へ来てからかう云ふ老人に出遭ったことがない。此方の友人に聞いてみても、さう云ふ性格は関西には甚だ稀であると云ふ。(略)実際大阪人が「無一文になる」と云ふことを恐れる程度は到底東京人の想像も及ばないものがある(略)彼等はさう云ふ境涯に落ちるのがただもう一途に恐ろしく、たまたまそんな老人に遭へば馬鹿か気違ひ扱ひにして、相手にしないらしい。(私の見た大阪及び大阪人』より)。
 
 老い楽の読書三昧が望外の収獲をもたらしてくれた。これも健康と健眼のお蔭。この年になってもまだ親の庇護に包まれているかと思うといささかの含羞を禁じえない。
 

2017年6月12日月曜日

年金は足りているか

 純年金生活者になって三年を超えた。完全に一線をリタイアして――生産社会から絶縁して身軽になった気がするが時たまスポーツ新聞を駅の売店へ買いに行った帰えり、足早な出勤途次のサラリーマンと行き違うと、なにやら後めたい気持ちにおそわれるのはどういう感覚なのか収まりが悪い。
 身軽になった分思考が自由になった。若いころ、いや六十才を超えてからでさえどうしてあんなに必死だったのか不思議で仕方がない。なぜ逆を考えなかったのか、ななめから見れば攻めやすかったのに、などと可笑しくなってくる。
 
 年金問題もそうだ。ことあるごとに「社会保障改革」は喫緊の課題だと政府もマスコミも喧伝する。医療費の膨張をどうすれば抑制できるか、年金財政を適正水準に保つためにはどうすればよいか、などなど社会保障制度がまるで亡国の制度でもあるかのような言い振りである。ところが一方で「デフレ脱却」には消費の拡大が必須であり個人金融資産の過半を握る高齢者の消費を喚起する必要がある、と年寄りの財布の紐をいかに緩ませるかに工夫を凝らしている。子どもや孫に資産移動させようと「こどもNISA、まごNISA」を設けたり「ユニバーサルデザイン」とかいって「年寄り向け商品」をこれでもかこれでもかと市場に送り出してくる。テレビのBS放送では健康補助食品やアンチエイジング化粧品に各種の保険が溢れ、新聞には豪華クルーズ旅行、極上の列車旅行の広告が満載である。
 矛盾していないか?年金を少なくて済まそうというのなら、年寄りの生活が「安上がり」で暮らせるような社会にするべきではないのか。
 大体年寄りの生活というものはそんなにお金がなくても暮らせるようになっている。先ず住居費のいらない人が少なくみても半分はいる、住宅ローンが払い終わっているから。たとえ賃貸にしてもミエさえ張らなければ負担にならない程度に抑えられるはずだ。食うものはそんなに食えない、牛肉は脂っこくて口に合わない、いくら酒好きといっても若いときの半分も飲めない、安上がりなものだ。着る物なんて男はまったくいらないし女性も新しく買うといったって年に二三枚ではないのか。旅行好きでも年を食えば長時間飛行機や列車に乗るのは苦痛になってくるから年二三回一泊か二泊の旅行に行けば上等だろう。いろいろ趣味を楽しんでいる人は多いが道具は大概揃っている、新製品を買うといっても均せば年にそんな出費にはならない。私は本好きだが狭いマンションでこれ以上蔵書が増やせないからできるだけ図書館で借りて済ましている。。
 こうしてみてくると生活に必要なもの――生活必需品といわれるものは高が知れている。政府が音頭を取って「高齢者の消費喚起策」などと囃し立てなければ年寄りの生活は『つましい』ものだ。
 
 仕事世代についても事情は同じなのではないか。生活を維持すのに必要な最低限度の費用を賄うのに現在の平均年収(全体415万円、男性514万円、女性272万円)があれば十分だろう。
 今あるいろいろな商品を見わたしてみて、本当に必要なものは何で、それに必要な機能はどんなものか、分別してみれば無駄なものが多いはずだ。電気冷蔵庫、エアコン、炊飯器、電子レンジ、掃除機、洗濯機、みんな50年前には無かった。今となっては元の状態に戻すのは非現実的だが、機能はどうだろう。付加価値という名目で必要度の低いものが付いていると思わないか。振り返って、まだ使えるのに新製品に買い換えたものが多いのではないか。
 必要最低限のものや機能、まだ使えるかどうか。こんな視点で生活必需品を使用耐用限度いっぱいに使ったら生活維持費用は相当削れると思う。
 
 ところが、それでは「経済成長」ができなくなってしまう。企業が儲かって経済成長できないと「雇用」が維持できなくなってしまう。失業したら収入がなくなり生活できなくなる。ムダでも、必要性がなくても、とにかく毎年新製品を開発して売上を伸ばして儲けて、しっかり経済成長しないと国民が生きていけない。
 こうした理屈で、矛盾を抱えながら資本主義経済は進んできた。
 
 加之(しかのみならず)最近はさらに別の事情がおこってきた。ロボットとAI(人工知能)がそれだ。生産性を上げるために仕事の合理化が必要で自動化、ロボット化を進めなければならず、AIがこれまでロボット化できなかったものまで人手不要にしてしまうから、今ある仕事の半分以上はロボットに『置き換わる』といわれだした。もしそうなったら「労働」して「収入」を得て生活する、というシステムでは日本という国が回っていけなくなってしまう。ヒトは「人間にしかできない仕事」をやればいいなどと気休めを言う向きもあるがそんな簡単にいくはずがない。
 
 窮極の合理化が「グローバル化」である。
 世界中から最適なもの(ヒト、モノを最も安価に)を調達するグローバル化は世界展開する大企業ばかりによくて個人や中小零細企業には何ひとつ恩恵がないように思われているが決してそうではない。視点を世界大に転じると世界の貧困率(貧困ライン1日1.90ドル)は1990年の37.1%(19億5800万人)から2012年は12.7%(8億9600万人)に減少している。ただ問題なのは今のグローバル体制のままで世界のすべての人が「最低限の生計費―生物的な必要」を満たすだけの所得を獲得できるようになれるかどうかということだ。豊かな先進国レベルは1人当りGDP2万ドル以上といわれているがこの条件に当てはまる国はわずか38ヶ国(2016年現在の189ヶ国中)に過ぎない。1万ドル以上が63ヶ国、5千ドル以上で97ヶ国(中国は8千ドル強で73位、インドは1723ドルで144位)、約半数の国が5千ドル未満の貧困国というのが現在の世界の豊かさ、貧しさ状況だがこの貧しい人たちを今の体制のままで救うことができるだろうか。
 今の「グローバル経済」というのは豊かな国(先進国)と貧しい国(途上国)があって、にもかかわらずすべての国が同じ「自由主義的資本主義」経済体制のなかで等しく競争を強いられる体制になっている。ある程度豊かさが満たされた、高度成長が必要でなくなった国とこれからガンガン成長して国民に豊かさを行きわたらさなければならない国が同じ土俵で競争しなければならないのが現在の世界の経済システムだ。『不平等』な経済ステムだ。
 
 我国の高齢者が「安上り」な老後を暮らせるようになることと世界から貧困を追放することはなにやら根っこは同じであるようなことが――放縦な自由競争の資本主義経済を改良しないといけないのではないかということがおぼろげながら分かってきた。それは「無駄なもの」をつくらなくても回っていく経済であり、「労働」による「収入」が無い人でも暮らしていける社会、そして未熟な後進国が優先される世界経済になるだろう。
 
 もしそんな社会ができるとしたらキーワードは「競争」ではなく「寛容」に代わっているに違いない。
 
 
 
 

2017年6月5日月曜日

成心・僻見(29.6)

 人の噂も七十五日と言うが、共謀罪の強行採決やら加計学園問題やらがでてきて、何一つ疑惑が明かされないうちに「森友学園問題」が風化しようとしている。そこで、ほとんどマスコミで取り上げられなかった視点から「森友」を改めて考えてみたい。
 籠池某なる人物の詳細は知らないが、少なくとも複数の保育園や幼稚園を運営する経営者であることは間違いない。それも相当したたかなやり手らしい。その彼が、巷間噂されているような、マスコミに暴かれた財務内容が本当だとすれば、今回のような15億円以上にも上る小学校設立を計画するであろうか。よしや彼が計画したとしても校舎建築を請け負った建設会社の社長が契約に応じたであろうか。建設会社にはメインバンクもついているであろうから、学園の財務状況は把握されていたはずで、どうみても15億円という建築費用は払えそうにないことは分かっていたとみるのが妥当だろう。計画主も建築請負会社も銀行も、通常の商取引としては成立するはずがないと思われていた「森友学園小学校設立計画」が何故実現に向けてカジが切られたのであろうか。
 考えられるのは数字に表れていない「確実な将来」が保障されていた、ということだろう。絵空事とは思えない『確実性』を誰もが信じる『うしろ楯』があったからにちがいない。それは何か?
 安倍昭恵内閣総理大臣夫人を名誉校長に据え、鴻池議員、松井一郎大阪府知事?竹田恒泰氏ほか錚々たる右翼政治家や論客が「教育勅語教育」に賛同し、応援を惜しまない旨の賛辞で籠池某を持ち上げ、厖大な寄付金がまちがいなく入るであろうことを吹き込んだのだろう。経営者とすれば100パーセント成功が見込めない「空中楼閣」を確信させ、普通の感覚をもった建築会社の社長や冷厳な銀行マンをも信じさせるに十分な『バックボーン』がなければこのような計画は成立するはずがない。それだけのものがあったと考えなければ「森友学園小学校設立」はありえなかった。そこまでの『確実性』を秘めた『ご威光』とは何だったのだろう?
 
 ゾクゾクとでてくる不正――保育士適正数のゴマカシ、補助金の不正受給などを平然と行っていた「胡散臭い」籠池某なる人物になぜ世間で立派な人と言われている面々が「靡(なび)いてしまう」ことになったのか。それはそもそも「教育勅語教育」なるものが信念を持った教育理念に基づかない「胡散臭い」ものであり籠池某もその賛同者たちも「同じ穴のむじな」だったということになるのではないか。
 それに比べて工事現場に貼られていたたった一枚の「森友小学校」学童募集ポスターにあった「教育勅語」という文字ををみて「これはおかしい」と違和感を覚えた木村真豊中市議のなんと『正常』なことか。教育基本法をキチンと知っておれば「森友」は「おかしい」と感じるのが普通の「市民感覚」なのだ。
 
 トランプ大統領の強面外交の意に反して北朝鮮によるミサイル実験や核開発が頻発している。日米韓および国際世論はその都度厳重な抗議と制裁の厳罰化を繰り返しているが北の反発と威嚇は一向に収まる気配がない。ところでこれらの報道を通じて不思議に感じるのは「韓国」と「北朝鮮」がまるで別個の国であるかのように、歴史的にずっと以前から38度線をはさんで敵対する国家であるかのように報じられていることだ。先の大統領選で選ばれた文在寅氏を「親北・反日」と判を押したように性格づけるが、韓国人でそうでない人を探す方が困難なのではないか。程度の差はあれほとんどの人が「親北・反日」とみるのが普通だろう(何しろ我国は朝鮮を植民地化したのだから)。
 朝鮮半島が南北に分断されたのは戦後の東西冷戦による米ロ二大強国のエゴによるものであり望んで分断されたわけではない。ソ連が崩壊したのちは米中の思惑によって分断が維持されてきた。同じように分断されていた東西ドイツが再統一(1990年)されて30年近くなるのに朝鮮半島はいまだに放置されたままである。勿論北朝鮮がソ連や中国の思惑をこえて「世襲制の独裁国家」に変貌したという歴史的事実が統一を困難なものにしているが、それはそれとして世界の国々、とりわけ国連常任理事国などの大国はなにをおいても「朝鮮半島の再統一」を、残された「戦後処理」の課題として取り組むべきではないのか。北を誘い込む難しさはあるが、しかしそれも大国のエゴのもたらしたものであり、誰かが仲介して「南北融和」に道を開かなければ永遠に「北の国際的孤児化」の解決はおとずれない。
 
 トランプ氏の「威嚇戦術」は金正恩氏の「稚拙な反抗心」に火をつけるばかりで逆効果なことは目に見えている。若輩でありながら独裁国家の最高権力者に祭り上げられた彼が、今ここでアメリカの恫喝に屈するなど到底考えられない選択肢である。一日も早く双方が体面を保てる形の「手打ち」に進むべきで、このままだと「予期せぬ暴発」が起る可能性もある。アメリカの「寛容」に期待する。
 
 イギリス中部マンチェスターで起った人気女性歌手のコンサート会場での自爆テロによって幼い女児が殺されたことへの悲しみと怒りが世界に広がっている。憎むべき蛮行でありテロの防止と撲滅は今や世界中の人々の悲願である。
 しかし湾岸戦争以来数限りなく繰り返されてきた「空爆」によって非戦闘員―なかでも幼い子どもたちは一人も「殺戮」されていないのであろうか。イラク戦争で殺された民間人は一万人をはるかに超えているといわれているがその中に、またトランプ氏がシリアに打ち込んだ59発のトマホークによって民間人の幼い子どもは一人も死んでいないのだろうか。空爆をするについてはいつでも国際法上問題がないような「大義」がついているが、どんな大義があろうが、国際人道法で「非戦闘員の無差別攻撃」は禁止されている。
 われわれ日本人は先の戦争で無数の「空襲」を受けたから、戦争にはルールがないかのように思い込んでいるがそうではない。戦争には「国際人道法」がありその筆頭に「非戦闘員の無差別攻撃」は厳重に禁止されている。アメリカは空襲について「どこそこの軍需産業施設の爆撃」と理屈づけしているが「空文」である。まして「原爆」は「絶対に民間人が死ぬ」ことを知っていて、投下したのである。責任は重大である。
 北朝鮮のミサイルに核弾頭が搭載されて我国に打ち込まれるとの脅威が訴えられているが、確実に「民間人」が殺される。北朝鮮に限らない。今世界に存在するアメリカ6900発、ロシア7300発その他1000発以上の核兵器はまちがいなく「一般人」を「殺戮」する。ならば「使用不可」であるはずだ。「国際人道法」を遵守するならば北朝鮮の核の脅威もアメリカ、ロシアの脅威もあるはずのないものである。
 無差別テロを憎むなら「無差別空爆」も『恥ずべき』である。
 
 地球上から「仁義なき暴力の応酬」を排除しようとするなら『戦争のルール』を知ることからはじめねばならない。ふたつの世界戦争の経験から学んだ『人類の叡知』を無に帰するのは愚かだ。